知っていると通!「焼肉の歴史」③
こんにちは。
焼肉バル USIQROU~牛黒郎~です。
2月もそろそろ終わり。
もうすぐ3月になります。
早いですね!!
3月は
送別会シーズンに入ってきます。
大切な仲間の門出のお祝いは、
ぜひ、当店で!
さて、今回も
「焼肉の歴史」についてです。
明治になり
庶民も牛肉を食べるように
なりました。
その象徴との言えるのが
「牛鍋」です。
牛鍋は
牛肉・ネギと調味料が
入っている鍋を
煮込みながら食べる料理。
今の鍋物に近いですかね?
この頃は
あぐらをかいて食べていたため
安愚楽鍋とも呼ばれていました。
牛肉は使われていましたが、
赤身の部分も多かったようです。
牛肉を煮込んで食べることが
主流だった明治〜大正〜昭和の初め。
本格的に肉を焼いて
食べるようになったのは
戦後になってから。
第二次世界大戦が終わった
昭和20年ごろに
焼肉屋の元祖と言われるお店が、
東京と大阪に登場。
昭和33年には
松阪肉牛協会ができ、
松阪肉がブランド牛として
知られるようになっていきます。
昭和55年には
名古屋の企業が
無煙ロースターを開発。
これを機に、
女性にも好まれるようになり、
男女、年代問わず
親しまれるようになっていきます。
平成になると
牛肉輸入自由化により
牛肉が値段が安くなりました。
これにより
焼肉はさらに身近な料理として
多様化しながら
発展していきます。
ちなみに、
この頃から
国産の牛肉か輸入の牛肉か
区別するために
「国産牛」というネーミングが登場。
これにより、
和牛?国産牛??
と、ややこしい感じに
なってしまいました。
(和牛と国産牛の違いは次回ご紹介します!)
もともと
肉を食べる文化がなかった日本。
「肉食が解禁されていなかったら・・・。」
もしかしたら、
今、「焼肉」というものは
なかったかも・・・!
歴史を知ると、
いつもの焼肉が
一味違うものになるかもしれません。
肉食を広めてくれた
先人たちに感謝したいですね!
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和牛・ユッケ・希少部位が食べられる
四谷・曙橋の隠れ家焼肉バル
接待やデート、さまざまなシーンでどうぞ!
焼肉バル USIQROU~牛黒郎~
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